先日、弁護士報酬回収方法に関して、(クローズドなグループ内でのことですが)SNS上でとあるスレが立てられました。
紛議調停の流れに関する記事はこちらをご覧ください。
泣き寝入りが半数近くであったことは予想どおりですが、
「訴訟を起こす(少額訴訟、支払督促含む)」のほうが「紛議調停を起こす」よりも多かった
ことが意外でした。
また、紛議調停派の弁護士も、「やっても意味がないけど職務基本規程で努力義務があるので仕方なくする」という意見の方が多いように見受けられました。
個人的には、紛議調停制度は、いろいろな意味で、弁護士サイドからこそより活用されるべき制度だと思っています。
今回は、弁護士による紛議調停の積極的活用についてお話します。
紛議調停の利用状況
弁護士白書2023によると、2022年の紛議調停新受件数は760件とのことです。
同年以前の新受件数をみても、約600件から800件のスパンで推移しており、利用件数としてはおおむね横ばいといえます。
また、処理状況についてみると、2022年の処理件数は761件。
うち成立は247件、不成立は350件、取下げは134件となっています。
「取下げ」の理由までは分からない(申立外で解決した事案もそれなりにあるようと思われる)のですが、おおむね半数程度は一定の成果があったと考えられるのではないでしょうか。
なお、申立人の属性については統計が出ていません。
おそらく大多数がクライアント側からの申立てであり、弁護士側からの申立てではないものと思われます。
紛議調停の法的位置づけ
弁護士職務基本規程では次のように規定されています。
(依頼者との紛議)
第26条 弁護士は、依頼者との信頼関係を保持し紛議が生じないように努め、紛議が生じたときは、所属弁護士会の紛議調停で解決するように努める。
弁護士職務基本規程
『解説弁護士職務基本規程』によれば、同条は、万一紛争が生じたときに所属弁護士会の紛議調停により解決するよう努め、弁護士に対する信頼確保に努めることを定めたものであるとされています。
また、弁護士と依頼者との関係は、秘密保持義務(弁護士法第23条、弁護士職務基本規程第23条)の要請からも公開の手続にはなじみにくい面があり、弁護士と依頼者との間で紛争が生じたときは,弁護士会が主催する非公開の紛議調停の手続で解決するのが望ましいとされたものである、との解説もなされています。
ただし、紛議調停には、民事調停などで認められる強制執行力等は認められておらず、この点には注意が必要です。
クライアントから紛議調停を申し立てられたときの心得
紛議調停の申立人として圧倒的に多い(と思われる)のがクライアント(依頼者)です。
紛議調停における「相手方としての」心得を振り返ってみましょう。
紛議調停は黄金の架け橋である
クライアントが紛議調停申立てをする場合、相手方である弁護士に対して、非常に不愉快な気持ちを抱いているものです。一見金銭請求に見える申立てにおいても、その実は恨み辛みがグツグツと煮えたぎっている可能性も大いにあります(むしろその場合が通常かも知れません)。
それを受け取る弁護士としても、自分の中でいろいろな感情がうごめいてしまうかも知れません。「うわ、やばい」「えええ?あんなにがんばったのに??」「またクレーマーだ」などなど
ただ、クライアントが「まず」紛議調停を申し立ててくれたことには感謝しましょう。紛議調停は「話し合い」による解決を図る場です。お互いのいろいろな感情を調停の場でお焚き上げし、清算するチャンスを与えてくれたと考えるべきです。
クライアントが架けてくれた紛議調停の黄金の架け橋を渡ることで、今後のトラブルを解決できる。この視点を忘れないようにしてください。
汝、黄金の架け橋を壊すなかれ
クライアントから「金を返せ」「報酬をまけろ」という趣旨の紛議調停申立書を受け取ったときに、ありがちな対応は、「理由がないので応じられません」といって実質的に調停のテーブルにつくことなく終えてしまうパターンです。この場合、調停委員会は思いのほかあっさり調停を終了させてしまうことが多い印象です(もちろん、委員のお考え次第である程度の説得はあるかも知れませんが、それでも限界はあります。)。
クライアントとしては、自己の不満を解消するどころか倍増させることになるわけですから、次のステップは懲戒請求しかありません。
仮に最終的にまとまらない場合であっても、調停の場で申立人の意見をあらかじめ聞いておくことで、おおよそ何を考えているかがわかりますし、こちら側として解決に向けた真摯な姿勢を示しておくことは、万が一次のステップに行った場合でも有用です。
汝、黄金の架け橋を渡らずして逃げるなかれ
次によくあるパターンは、すぐに調停外で解決しようとするもの。
紛議調停を申し立てられた場合、すぐにでもお金を払ってでも終わらせたいと思う弁護士は、申立人の言い値をすぐに払って調停外で解決したいという衝動に駆られるかもしれません。小さな単位会だと、「知ってる先生が調停委員だったら恥ずかしいな。だったら全額払っちゃおう」などというどうでもいい気持ちが先立ってしまうかもしれません。
ちょっとまってください。
一見金銭請求に見える申立てでも、その裏でグツグツと煮えたぎっているものを放置してしまっては解決とはいえません。
十分なコミュニケーションなく一方的にお金を送られた依頼者が「お金を返せば済むと思ってるでしょ!」と怒りを再燃させ、次のステップ(懲戒請求)に及ぶ例が少なくありません。
仮に懲戒請求に至った場合、すでにお金を返してしまっている以上、示談をすることもできず、手が詰まってしまうことになりかねません。
紛議調停という黄金の架け橋を渡り切れ
紛議調停は黄金の架け橋といいました。
紛議調停を申し立てたクライアントとしては、その架け橋を誠実に渡ってきた弁護士に対してさらなる過剰な攻撃をしかけようとは思わないのものです(一部の例外を除く)。
申立人には、紛議調停で、利害関係のない調停委員に対して弁護士の不満をひととおり吐いてもらい、その上で、調停委員の仲介で金銭解決を図りましょう。
同じ全額を払うにしても、紛議調停内で解決することで、先に述べた事態を事実上回避できることもありえるわけです。
「懲戒請求しない」という文言は確かに無益的(不起訴合意のような効果はない)ですが、判断に大きな影響を及ぼします。「懲戒請求を取り下げる」という文言は確かに懲戒手続を止める効力はありませんが、懲戒請求者が懲戒請求者でなくなる効果は非常に大きいものです(懲戒請求者として意見が言えなくなる、議決書が送られなくなる、異議申出ができなくなる、など)。
顔見知りの紛議調停委員の先生だとしたら頭をかきながらでもいいので、紛議調停の成立を目指してください。
弁護士からの紛議調停活用のススメ
他方、紛議調停は、当然ながらクライアントだけでなく、弁護士側も申立人になることができます。
職務基本規程第26条の趣旨に照らして考えれば、むしろ弁護士側からの申立てが求められているとさえ言えます。
少し刺激的ではありますが(かつ、弁護士会に怒られるかも知れませんが)、個人的な見解としては、弁護士側からの紛議調停の積極的活用をオススメします。
以下では、このようなおススメをする理由について、
①攻めの紛議調停としての活用
②守りの紛議調停としての活用
③懲戒請求を見越しての活用
という3つの場面に分けてお話します。
攻めの紛議調停
まず最初に思い浮かぶのが、積極的にクライアントに対して報酬請求をするといった「攻めの紛議調停」です。
弁護士業をしていると、給付請求をするのに調停などまどろっこしいと思う方が多いのかも知れません。
報酬を支払わずに逃げてしまったクライアントとは、話し合いが成立する余地などないと考えられるケースもあるでしょう。
しかし、『解説弁護士職務基本規程』によれば、「弁護士と依頼者の紛議につき、信頼関係が完全に喪失し、調停が功を奏しないと思われる場合であっても、上記の趣旨からすると、弁護士が依頼者を被告として直ちに訴訟を提起することは慎重にすべきである」とされています。
また、「訴訟」派の先生の判断要素に、クライアントの口座情報などを知っていることから債務名義をとって強制執行したいというものがあるかも知れません。
ただ、クライアントから事件処理等のために聞き取った口座情報を自らの債権回収に用いるのは少なくとも目的外利用に当たるおそれがあり躊躇するところです(目的外利用に当たった上で許容されるどうかの議論はあります)。
さらに、申立てを検討しているときにはムダだと思われたような紛議調停の中で、調停委員という第三者を通じて話し合いを進めるうちに、クライアント側が任意の支払いを約束してくれたり、場合によっては一括して支払ってくれたりすることもあります。
話し合いによる任意的な履行の確保といったメリットは、むしろ通常の弁護士業務の中でみなさんがよく経験しているところではないでしょうか。
守りの紛議調停
次に、「攻めの紛議調停」以上に本来はもっともっと活用されるべきであると考えられるのが、「守りの紛議調停」です。
職務基本規程第26条にいう「紛議が生じたとき」とは、まさにクライアントとのトラブルが生じたときを指すものです。
紛議調停とは、文字どおりクライアントトラブルの紛争解決手段ですので、弁護士こそ、より積極的に活用するべきだと考えられるわけです。
クライアントとのトラブルが生じた中においては、弁護士とクライアントはまさに紛争の当事者同士です。
仮に弁護士側の主張が正論であったとしても、クライアントが素直に耳を傾けてくれる状況とは限りません。
弁護士が「ちゃんと説明してるのにクライアントが全然聞いてくれない」と他の弁護士に愚痴っていたとしても、トラブルの解決にはつながりません。
これは、弁護士側に何らかの非があるケースであればなおさらです。
一定のお支払いをして示談をしようにも、弁護士のことを信用してくれなければ、まとまるものもまとまりません。
拙書でも記載しましたが、交渉においては「何を言うか」よりも「誰が言うか」が大切になることもあります。
他の代理人弁護士に解決を依頼するというのも1つの解ですが、紛議調停を活用し、調停委員を通じてクライアントを説得してもらうというのも解の1つに加えられるのではないでしょうか。
懲戒請求を見越して
クライアント側から紛議調停が申し立てられる場合は、かなりの割合で、懲戒請求を見越した申立てになっていることが多いと考えられます。
現に、事前にクライアントが申し立てた紛議調停で真摯な対応をしなかったことが懲戒事由(ないしはその情状)として斟酌されているケースも散見されます。
その一方で、弁護士側が申し立てる紛議調停は、その意味合いが異なります。
弁護士側から申し立てる紛議調停は、先ほどお話したとおり、職務基本規程26条に基づく文字どおり“紛議の解決のための話し合いの申入れ”に他なりません。
副次的な(そして弁護士にとっては最も大きな)効果として、懲戒請求自体の抑止や、万が一懲戒請求された場合の(弁護士側に有利な)情状につながることが考えられます。
紛議調停がまとまれば、通常はクライアント側も懲戒請求自体を躊躇するものと考えられますし、少なくとも、「紛議調停まで起こしてクライアントと話し合いで解決しようとした」という姿勢自体が弁護士にとってプラスに働くはずです。
弁護士が紛議調停を躊躇する理由
このように紛議調停は弁護士側からこそ積極的に活用すべき制度ではありますが、弁護士側からすると「自分からクライアントに対して紛議調停を申し立てるのはちょっと…」と二の足を踏むケースが多いものと推測されます。
現に私が「紛議調停を申し立ててみてはいかがですか」とアドバイスしたケースで、実際に申立てをされたという話は聞いていません。
紛議調停というのは弁護士にとって心理的ハードルが非常に高いものであることは想像に難くありません。
では、そのような心理的ハードルが生じる理由はなんでしょうか。
どうせクライアントが出頭しない、調停がまとまらないだろうから意味がないと考えている(特に攻め紛議調停のケース)
まず考えられるのは、「どうせクライアントが出頭しない、調停がまとまらないだろうから意味がないと考えている」ということです。
このような姿勢は特に攻めの紛議調停のケースで散見されます。
たとえば、弁護士が報酬請求等のための紛議調停を躊躇するような場合が典型的です。
これは言ってみれば、紛議調停という制度そのものに期待していないということの裏返しであるともいえます。
もちろん、このような懸念が当たっているということもあるでしょう。
まったく郵便物が届かなくなっている、電話もつながらないといった状況下では、そもそも紛議調停自体に意味がないということもありうるとは思います。
しかし、そういった特段の事情がない限り、やはり紛議調停を先に進めるべきであろうと考えます。
努力規定とはいえ職務基本規程26条において定められた紛議調停前置を無視するほうが、むしろリスクが高いという消極的理由もありますが、それ以上に、窓口を変えることによって解決する可能性が高まるというメリットは弁護士にとって無視できないものです。
また、話し合いが成立すれば任意の履行の期待も高くなることはいうまでもありません。
クライアントを怒らせてしまうのではないかという不安がある(特に守りの紛議調停のケース)
次に、弁護士が紛議調停の申立てに二の足を踏む理由として挙げられ、かつ最も大きな理由となっているのは、「クライアントを怒らせてしまうのではないかという不安がある」ということではないでしょうか。
言い換えれば、怒っているクライアントに対して紛議調停を申し立てるなんて、火に油を注ぎかねない危険な行為なのではないかという漠然とした不安です。
このような姿勢は特に守りの紛議調停のケースで散見されます。
もちろん、調停の呼出を受けたクライアントにとって、依頼した弁護士が申立人となった紛議調停というのは気持ちのいいものではありません。
これは当然の感覚です。
ただ、クライアントとの間に紛争が生じている時点で、そもそもクライアントは弁護士に対して不快な思いを抱いているわけですから、この意味では紛議調停の申立てによってクライアントの気持ちを大きく左右するものではないといえます。
紛議調停は話し合いの手続であり、民事調停や家事調停と変わりません。
民事調停や家事調停において、「調停さえ申し立てなければ解決できたのに、調停なんて申し立てたせいで話し合う気が失せた。もう話し合いをしない。」などといったことをクライアントからいわれたり、御自身がそのような思いになったりした経験をされた方はほとんどいないのではないでしょうか。
クライアントが不快な気持ちになるのは申立てを知ったその瞬間のことに過ぎず、そのようなことに対する漠然とした不安よりも、優先すべきは、既に述べたような紛議調停がもたらす種々の効果であるといえます。
個人的な経験談
筆者自身、紛議調停でクライアントトラブルを「解決」した経験があります。
相手のある話なので詳細は述べられませんが、これまで頻発していた特定のクライアントから所属弁護士会への苦情が、紛議調停の申立てをしたことによって、嘘のように全て止みました。
結局、調停自体は不成立で終わりましたが、仮にその後に懲戒請求をされたとしても、紛議調停による解決を試みた実績は一つの有益な事情として使えるものだと思っています。
おわりに
このように弁護士側からうまく活用されていない紛議調停ですが、使い方次第では弁護士自らの権利を確保できたり、自らの身を守ることができたりするといった効果が期待できる非常に有意義な制度です。
ぜひ一度、紛議調停のあり方について見直してみるのもよいのではないでしょうか。
コメント