懲戒請求では、いくつもの懲戒請求事由が羅列されている例がむしろ一般的です。綱紀委員会においては、これらに対して一つ一つ弁明したものの、そのうちの1つの事由だけが懲戒委員会の審査相当となってしまい、「懲戒委員会に事案の審査を求めることを相当と認める」との議決がなされてしまった。そんなとき懲戒委員会における対応に関する注意点です。
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審査相当の決議がなされてしまった場合
弁護士会は、綱紀委員会の懲戒委員会に事案の審査を求めることが相当とする議決があったときには、これに拘束され、懲戒委員会にその審査を求めなければならないとされています(弁護士法58条3項)。
もっとも、綱紀委員会は、懲戒委員会が審査するに足る事案であるかどうかを「調査」して、懲戒委員会の審査対象をふるいにかける、いわば「あらごなし」をする機関にすぎません。そのため、懲戒が相当であるか否かは、懲戒委員会の判断にかかっています。
したがって、綱紀委員会の判断がなされた時点で諦めることなく、懲戒委員会に対する対応として十分な備えをする必要があります。
審査の対象と注意点
懲戒委員会の審査の対象
懲戒委員会の審査の及ぶ範囲は、懲戒請求事実に限られます。そのため、請求事実以外の非行事実については審査をすること自体許されず、そのような非行事実を理由として懲戒処分相当の議決をすることも許されません。
また、綱紀委員会において複数の懲戒請求事実のうち一部についてのみ懲戒委員会に事案の審査を求めることを相当と認める旨の議決がなされている場合は、審査の及ぶ範囲は、当該議決がなされた事実の範囲に限られます(日弁連調査室・懲戒手続研究と実務<第3版>180頁)。
要注意ポイント
もっとも、懲戒委員会の審査範囲が「懲戒請求事実」の範囲に限られるとしても、「懲戒請求事実」の範囲がどこまで及ぶのかという問題については改めて注意が必要です。
従来、綱紀委員会において懲戒不相当であると判断された懲戒請求事由については、懲戒委員会において審査の対象になっていない事案が数多く散見されました。
ところが、東京高判令和4年4月14日判決(複数の懲戒請求事由があり、綱紀委員会がそのうちの一部についてのみ懲戒委員会の審査を求めることが相当であると判断したにもかかわらず、主文では「懲戒委員会に事案の審査を求めることを相当と認める」と議決した場合における懲戒委員会の審査の対象が争われた事件)以降は、日弁連は、綱紀委員会において懲戒不相当であると判断された懲戒請求事由についても、懲戒委員会において審査の対象とする運用を定着するべく、舵を切りました。
したがって、今後は、特に、綱紀委員会において懲戒不相当との判断がなされた懲戒請求事由も含めて懲戒委員会で審査されることを前提とした対応を採る必要があります。
東京高判令和4年4月14日(判時2542号56頁)
事案の概要
本事例では、原告(弁護士)が被告(所属弁護士会)から業務停止1月の懲戒処分を受けたところ、日弁連に対する審査請求では懲戒処分を取り消し懲戒しないとの決定がなされました。
弁護士会綱紀委員会は、懲戒請求事由について、①利益相反(規程27条3号、28条3号違反)、②詐欺破産の主導(破産法256条1項2号等違反)及び③別件不当利得返還請求事件の高額すぎる弁護士費用(規程24条違反)の3点であると整理した上で、①については規程27条3号、28条3号に違反せず懲戒不相当、②についても破産法245条2号等に違反せず懲戒不相当であるが、③については規程24条違反があり、弁護士としての品位を失うべき非行が認められるため、懲戒委員会の審査が相当であると判断しました。しかし、議決主文では、懲戒請求事由ごとに分けた判断がなされることなく、「懲戒委員会に事案の審査を求めることを相当と認める」との判断がなされていました。
ところが、弁護士会懲戒委員会は、①については規程27条3号、28条3号に違反しないと判断したものの、②については準破産申立事件を受任して協力することが、違法若しくは不正な行為を助長する行為(規程14条)であるとした上、③については別件不当利得返還請求事件に加え、準破産申立事件の弁護士報酬の提示が適切妥当なものではなく、「弁護士だけが利得を得る事件」であることを十分認識のうえ、両事件について、このような過大な報酬額を提示して受領することは規程24条に違反すると判断しました。そして、懲戒委員会は、対象弁護士に対して、「業務を1月停止することを相当とする」との議決をしました。
対象弁護士は、懲戒委員会が、綱紀委員会が懲戒請求事実として整理した特定の具体的事実と何ら関係ない事実を認定し、懲戒処分が相当であるとの議決をし、これに基づいて業務停止1月の処分を受けたことは、対象弁護士の防御権を著しく侵害するものであり、不意打ちである等と主張し、所属弁護士会に対して損害賠償を請求しました。
争点
本件における中心的な争点は、懲戒委員会が、審査対象とすべき事実以外の事実を認定して本件懲戒議決をしたといえるか(審査権限の逸脱の有無)です。
本判決の判旨
【前提】
「弁護士に対する所属弁護士会及び日弁連による懲戒の制度は、弁護士会の自主性や自立性を重んじ、弁護士会の弁護士に対する指導監督作用の一環として設けられたものである。そうすると、懲戒の手続に関する弁護士法の規定の解釈については、それが弁護士法の趣旨に反するものでない限り、弁護士会(日弁連を含む。)による解釈を尊重するのが相当である。」
【綱紀委員会において懲戒相当と議決がされた場合の懲戒委員会の審査対象についての弁護士会の解釈】
「平成18年2月1日付けで日弁連綱紀委員会委員長から全国の弁護士会綱紀委員長宛てに発出されたお願いの文書には、①弁護士会綱紀委員会が調査した結果、懲戒請求の対象となっている複数の事実が事案ないし事件として同一性の範囲内にあると認めた上でその一部の事実について懲戒事由に相当し、その余の事実について懲戒不相当又は非行なしと判断した場合は、議決主文としては、単に懲戒相当ということになる(他方、複数事実間に事案ないし事件の同一性が認められない場合には、議決主文として、各事実ごとに懲戒相当・懲戒不相当の別を明記することになっているとして、平成6年12月22日付け日本弁護士連合会会長通知を引用する。)、②この場合、たとえ議決書理由中に一部の事実について懲戒不相当又は非行なしとの判断が記載されていても、事案全体が懲戒委員会の審査に付されることになるのであり、議決書理由中で懲戒不相当又は非行なしと判断された事実について懲戒請求者に対し、異議申出ができる旨の教示がされることはない…。」
「そうすると、弁護士会綱紀委員会が、懲戒請求の対象となっている複数の事実が事案ないし事件として同一性の範囲にあると認めた上でその一部について懲戒事由に相当すると判断し、議決主文として単に懲戒相当とした場合における弁護士会懲戒委員会による審査の対象について、本件懲戒処分当時、弁護士会(日弁連を含む。)においては、弁護士会懲戒委員会では全ての懲戒請求事由につき審査の対象とすべきとの解釈が定着していたといえる。また、弁護士法58条3項及び5項は、綱紀委員会は、対象弁護士等につき懲戒委員会に「事案の審査」を求めることを相当と認めるときは、その旨の議決をするとし、この場合において、弁護士会は、当該議決に基づき、懲戒委員会に「事案の審査」を求めなければならず、懲戒委員会は、「事案の審査」により対象弁護士等につき懲戒することを相当と認めるときは、懲戒の処分の内容を明示して、その旨の議決をすると定めており、このような解釈が懲戒の手続に関する弁護士法の上記規定の趣旨に反するとはいえないから、上記の場合には、弁護士会懲戒委員会では全ての懲戒請求事由が審査の対象となると解するのが相当である。」
【本件綱紀委員会及び懲戒委員会の各議決】
「各事実がいずれも対象弁護士による別件破産申立てをめぐる問題であること、懲戒の手続に関する弁護士法の規定の解釈については、それが弁護士法の趣旨に反するものでない限り、弁護士会(日弁連を含む。)による解釈を尊重するのが相当であると解すべきところ、本件懲戒処分を取り消し、1審原告を懲戒しないのを相当とする旨の判断をした日弁連の懲戒委員会の議決においても、同一性の範囲にあることを問題としていないことを併せ考えれば、上記の各事実は、事案ないし事件として同一性の範囲にあると解するのが相当である。
そうであれば、本件綱紀議決が議決主文として、対象弁護士(1審原告)につき、懲戒委員会に事案の審査を求めることを相当と認めるとしつつ、その理由中で懲戒事由が認められないとした事実(①利益相反及び②詐欺破産の主導)について、1審被告の懲戒委員会が審査の対象としたことは、本件懲戒処分当時の運用に照らし、弁護士法が定める懲戒の手続に違反したものとはいえない。」
判決に対する疑問
本判決においては、「議決主文として単に懲戒相当とした場合における弁護士会懲戒委員会による審査の対象について、本件懲戒処分当時、弁護士会(日弁連を含む。)においては、弁護士会懲戒委員会では全ての懲戒請求事由につき審査の対象とすべきとの解釈が定着」していたことを決め手の1つして、弁護士会側を逆転勝訴させています。
しかし、2023年11月号「自由と正義」に掲載されている日弁連の懲戒の公告(懲戒請求者の異議申出によるもの)では、原弁護士会綱紀委員会が「懲戒請求事由1ないし7は除斥期間が経過しており、懲戒請求事由8の報告義務違反のみが懲戒事由に該当すると判断し」、懲戒委員会が同8のみを審査して戒告の懲戒処分にしたが、「綱紀委員会の議決書の主文は懲戒請求事由1から8を峻別していないため、原弁護士会懲戒委員会はこれら全てについて審査をすべきであった」と議決しています。
他にも私が直接経験した懲戒委員会の事案や日弁連の審査請求などにおいても、綱紀委員会が一本の主文で懲戒委員会に審査を求めているにもかかわらず、懲戒委員会が綱紀委員会において審査相当とした事由のみしか審査していない例を経験してます(むしろこちらの方が多いくらいです)。
このような経験からすると、弁護士会が主張する解釈が「定着」していたとは到底いえないのではないかという疑問を拭えません(ただ、裁判所にこれを理解してもらうのが困難だということも理解できます)。
ただ、この判決以降、少なくとも日弁連懲戒委員会はこれを「定着」させようと動いていることは間違いありません(上記懲戒公告事案もその「定着」過程の一環でしょう)。
弁明にむけて
いずれにしても、東京高判令和4年4月14日判決は最高裁で上告棄却、上告不受理決定によって確定していますので、今後はこれを前提に対応する必要があります。
本判決に照らせば、懲戒委員会の審査の対象は、綱紀委員会で懲戒委員会に事案の審査を求めることが相当とされた事実と「社会的事実が同一」の事実すべてに及ぶことになります。
すなわち、綱紀委員会において、理由中の判断として、「懲戒不相当又は非行なし」との判断が記載されていたとしても、懲戒委員会においては、当該懲戒請求事由を含めたすべての懲戒請求事由が審査に付されるということです。さらには懲戒請求事由の整理そのものも懲戒委員会がやり直す可能性があります。
したがって、弁明に当たっては、事案全体が懲戒委員会の審査に付されること、綱紀委員会では「懲戒不相当又は非行なし」と判断されていた事由についても、懲戒委員会では異なる判断がなされる可能性があることを念頭におき、十分な弁明を行わなければなりません。
特に、綱紀委員会の議決主文が「懲戒委員会に事案の審査を求めることを相当と認める」という一本の記載のみになっていた場合には、綱紀委員会において、各懲戒請求事実が事案ないし事件として同一性の範囲内にあるものと解されていることを意味しています。
綱紀委員会において、「懲戒委員会に事案の審査を求めることを相当とする」との議決がなされた場合には、まずは議決書を熟読し、主文が「懲戒委員会に事案の審査を求めることを相当とする」の一本の議決になっているのか、懲戒請求事由ごとに分けた判断がなされているか等を検討しなければなりません。
また、場合によっては、綱紀委員会において「懲戒不相当又は非行なし」と判断された事由については、その判断を維持させるための主張をしたり、対象弁護士として考えている審査の範囲を明示したり、必要に応じた弁明の追加をしたりしていくことが肝要です。